文化
「湘南」は、なぜ湘南と呼ばれるのか
相模国南部の「相南」が、中国の景勝地「湘南」に重ねられた説がある。
「湘南」という呼び名の由来については諸説あるが、有力とされているのは、相模国の南部を意味する「相南」という言葉が、中国・湖南省を流れる湘江下流域の景勝地「湘南」になぞらえて書き換えられたというものだ。江戸時代の初め頃、崇雪という僧侶が大磯の鴫立庵に「著盡湘南清絶地」という言葉を石に刻んだという記録が残っており、これが大磯を「湘南発祥の地」とする根拠のひとつになっている。鴫立庵は日本三大俳諧道場のひとつにも数えられ、今でも毎年3月の最終日曜日には、この地にゆかりのある歌人・西行を偲ぶ「大磯西行祭」が催されている。
ただし、現在私たちがイメージするような「湘南」という言葉の広がりが定着したのは、実はもっと後の時代、明治後期以降のことだとされている。明治期に逗子で暮らした文人がその風景の美しさを讃えたことや、京急電鉄の前身のひとつである湘南電気鉄道が、浦賀や逗子方面へ路線を延ばしていたことなども、今の湘南のイメージ形成に影響を与えたと考えられている。行政区分としての明確な境界を持たず、藤沢や鎌倉、茅ヶ崎、平塚、大磯など、複数の市町にまたがるイメージの地域であり続けていることこそが、湘南という言葉の面白さであり、この地域の懐の深さでもある。
「湘南」という言葉は、地理的な呼び名を超えて、今ではひとつのブランドとしても広く定着している。神奈川県内の一部地域で使われている自動車のナンバープレート「湘南」も、その象徴的な例のひとつだ。行政の境界とは無関係に、多くの人が思い思いに「ここも湘南だ」と感じる場所を心の中に持っているということ自体が、この地域が持つイメージの強さと豊かさを物語っている。
「湘南」という言葉の由来をたどると、この地域が持つイメージの豊かさは、決して偶然生まれたものではないことがわかる。それぞれの町が積み重ねてきた歴史が、今の湘南というブランドをつくっている。
「湘南」を名乗る施設や商品は神奈川県内だけでも数え切れないほど存在し、その広がり自体が、この地名が持つブランド力の大きさを物語っている。行政区分にとらわれない、いわばイメージの共有財産としての湘南という言葉のあり方は、地域ブランディングを考えるうえでも興味深い題材だ。
湘南ベルマーレやサザンオールスターズなど、湘南というブランドを象徴する他の記事とあわせて読むと、この地名の持つ広がりがより実感できる。
こうした地名の由来を知ったうえで湘南の各地を訪れると、単なる観光以上に、その土地の成り立ちそのものに触れているような感覚を味わえる。

