グルメ
機械を使わず、ひとつずつ手むきする落花生
明治から続く二宮の落花生文化を、昭和4年創業の専門店が今に伝える。
昭和4年創業、二宮町の落花生専門店である田中屋では、手むき・煎りたてにこだわった落花生づくりを今も守り続けている。効率だけを考えれば機械化してしまう方が早いはずだが、あえて手間のかかる方法を選び続けているところに、この店の商品づくりに対する姿勢が表れている。二宮町内には田中屋以外にも落花生を扱う店が点在しており、それぞれの店で製法や味付けが微妙に異なるため、複数の店の商品を食べ比べてみるのも楽しい。
小さな町の中に、これほど多くの落花生専門店の看板が並んでいる背景には、明治のはじめ(二宮町商工会の資料では明治5年、二宮町の案内では明治6年)に二見庄兵衛が横浜で譲り受けた種を栽培したことに始まる、この地の落花生栽培の歴史がある。塩味の味付け落花生から、甘い「落花糖」、甘納豆まで、商品のバリエーションも豊富だ。観光客にとっては珍しいお土産のひとつに過ぎないかもしれないが、地元の人々にとっては、幼い頃から親しんできた当たり前のおやつであり、二宮という町のアイデンティティの一部にもなっている。
田中屋のような専門店は二宮駅から徒歩圏内に点在しており、大正初期創業の野原量蔵商店や、煎りたての落花生と作りたての落花糖を売る豆友といった同業の店とあわせて歩いて回ることができる。それぞれの店が独自の焙煎方法や味付けの配合を守り続けているため、パッケージだけを見ても味の違いまではわからないのが面白いところだ。町を歩けば歩くほど、また新しい落花生の看板に出会う二宮の町並みは、まるで小さな落花生博物館を歩いているような感覚を与えてくれる。
小さな町にこれほど多くの専門店がひしめいているという事実は、二宮という町が持つ産業の厚みを物語っている。ひとつの作物が、これほど多様な表情を見せてくれるとは思わなかった。
田中屋は二宮駅南口から徒歩3分、国道1号線沿いに店を構えており、駅からのアクセスの良さも、複数の落花生専門店を歩いて食べ比べる楽しみを後押ししている。小さな町を歩きながら、店ごとの看板やパッケージの違いを見比べていくだけでも十分に楽しい時間になる。
同じ二宮エリアのにの屋や、落花生の歴史を紹介する文化・人カテゴリの記事とあわせて読むことで、二宮という町の産業史をより深く知ることができる。
二宮町商工会のサイトでは、田中屋の「落花生は生菓子のように扱ってほしい」という言葉が紹介されている。煎りたての風味を楽しむなら、早めに味わいたい。


