文化
東海道六番目の宿場町、藤沢宿の記憶をたどる
遊行寺の門前町として栄えた藤沢の、もうひとつの顔。
藤沢市の中心部、現在の小田急線藤沢本町駅周辺にあたる一帯は、慶長6年(1601年)に整備された東海道五十三次のうち第六番目の宿場「藤沢宿」があった場所である。時宗の総本山・遊行寺の門前町として、また江の島や大山への分岐点として、人馬を乗り継ぐための問屋場や宿泊施設が立ち並び、大いに賑わいを見せていたと伝えられている。歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」にも、その様子が描き残されている。
遊行寺を出て歌川広重の浮世絵に描かれた大鋸橋、現在の赤い遊行寺橋を渡ると、電線が地中化された広い通りに出る。かつての藤沢宿のメイン通りにあたるこの一帯には、今も古い蔵や商店の建物がところどころに残っており、トランスボックスを利用した案内板が、藤沢の町の変遷や当時の浮世絵を紹介している。
このエリアには源義経にゆかりのある史跡も点在している。奥州で自害した義経の首が鎌倉で首実検されたのち片瀬の浜に捨てられ、境川をさかのぼって流れ着いたところを里人がすくい上げて洗ったと伝わる「義経首洗井戸」や、その首を祀ったとされる白旗神社などがあり、源平の時代の記憶が今も藤沢の町並みの中に息づいている。
時代とともに賑わいの中心は藤沢駅周辺へと移っていったが、藤沢宿があった一帯には今も歴史ある町の面影が色濃く残されている。にぎやかな藤沢駅周辺とはまた違う、静かな史跡めぐりを楽しみたい人にはぜひ訪れてほしいエリアであり、遊行寺の記事とあわせて読むことで、藤沢という街の歴史的な奥行きがより立体的に見えてくるはずだ。
現在の藤沢駅周辺の賑わいからは想像しにくいかもしれないが、藤沢宿があった一帯を歩くと、宿場町として栄えた往時の空気が今も静かに息づいていることに気づかされる。遊行寺通りを起点に、白旗神社や義経首洗井戸まで歩く小さな史跡巡りは、1時間ほどで一周できる手軽さも魅力だ。藤沢という街が単なる商業都市ではなく、東海道の歴史を背負った土地であることを、あらためて実感させてくれるコースになっている。
旧宿場一帯で開かれる盆踊りイベント「藤沢宿遊行の盆」なども、こうした歴史的な土地の記憶を現代につなぐ試みのひとつだ。
宿場町としての記憶を静かに受け継ぐこの一帯は、藤沢という街の奥行きを知るうえで欠かせない散策先になっている。
藤沢という街を歩くときは、駅前の賑わいだけでなく、こうした宿場町の記憶にも目を向けてみると、新しい発見があるはずだ。
その積み重ねが、この街の物語を今に伝えている。

