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明治の演劇界を駆け抜けた夫婦が愛した、茅ヶ崎の別荘地
「オッペケペー節」で知られる俳優夫妻が暮らした土地。
「オッペケペー節」で一世を風靡した明治の新劇俳優・川上音二郎と、その妻で日本人初の近代女優ともいわれる川上貞奴は、明治期、現在の高砂緑地にあたる場所に居宅「萬松園」を構えた。壮士芝居と呼ばれる政治的な内容を含む芝居で人気を博した音二郎と、芸者から女優へと転身した貞奴の夫婦は、当時の日本演劇界において常に注目の的だった存在である。海と松林に囲まれたこの茅ヶ崎の地で、二人はどのような時間を過ごしていたのだろうか。
音二郎・貞奴夫妻が去った後、大正時代にこの土地は実業家・原安三郎の別荘「松籟荘」となった。現在の高砂緑地の日本庭園は、この旧別荘時代につくられた庭園を生かしたものだ。政財界の要人が別荘を構えた大磯や、皇室の御用邸が置かれた葉山と同じように、茅ヶ崎の一角にも、こうした著名人ゆかりの別荘文化の記憶が刻まれている。
1984年、茅ヶ崎市はこの土地を購入し、往年の景観を後世に伝えるとともに市民の憩いの場とするため、「高砂緑地」として開園した。その後、市内在住の岩田孝八氏からの寄付をきっかけに、日本庭園の一角に茶室・書院「松籟庵」が建てられ、1991年(平成3年)の文化の日に開館した。1998年には茅ヶ崎市美術館も開館し、緑地はかつての別荘文化の面影を伝える空間として整備されている。
俳優夫婦の華やかな活動の記憶と、実業家の別荘としての静かな時間、そして現在の市民の憩いの場としての姿。ひとつの土地が歩んできたこうした重層的な歴史を知ると、何気ない松林の散策も、また違った奥行きを持って感じられるようになるはずだ。茅ヶ崎市美術館の記事とあわせて読むことで、この土地の歴史がより立体的に見えてくる。
萬松園や松籟荘の建物は現存していないが、旧別荘時代の庭園を生かした日本庭園に、その記憶は今も受け継がれている。約50本の梅が咲く早春、2月の梅まつりの頃には、松の緑と梅の花のコントラストが美しく、写真愛好家にも人気の時期になっている。華やかな演劇界を生きた夫婦の記憶をたどりながら緑地を歩くと、いつもとは違う視点で茅ヶ崎の風景を楽しむことができるはずだ。
松籟庵は茶会や文化活動の場として貸し出されている施設だが、緑地全体を歩くだけでも当時の別荘文化の雰囲気を十分に感じ取ることができる。
華やかな演劇界の記憶が、今は静かな緑地として市民に開かれているという変遷そのものが、この土地の面白さを物語っている。
こうした歴史をたどることは、茅ヶ崎という街をより深く知るための、確かな手がかりになるはずだ。
訪れるたびに新しい発見がある、そんな緑地だ。

